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「作家とは誰もみな虚栄心があり、利己的で、怠けものなのであって、その上、ものを書く動機の一番根底には、ある得体の知れないものが潜んでいるのだ。一冊の本を書くというのは長期にわたる業病との戦いのようなもので、じつにひどい、くたくたになる仕事なのである。どうにも抵抗のしようがない、自分でも正体がわからない悪魔にでもとりつかれないかぎり、こんな仕事に手を出そうとする人間はいないだろう。その悪魔とは、おそらく人の注意を惹こうとして赤ん坊が泣くのと同じ本能にすぎないのかもしれない」。


(ジョージ・オーウェルは)そしてすぐ続けてあの有名な言葉を書く。


「とはいえ、たえず自分の影を消すために悪戦苦闘しないかぎり、読むに耐えるものなど書けないことも事実である。すぐれた散文はガラス窓のようなものだ」


こうして私は(ジョージ)オーウェルを通して、物を書く人間の私的動機の大切さ、いかに正義のための運動にかかわっていても、「物書き」としては、公的な、大義名分の立場で書いてはならぬ、という教訓をえたのであった。言い換えれば、物書きは、物書きとしては正義のための運動にかかわるべきではないのである。